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【自分って本当に二面性がある性格だなーってつくづく思う】

タイトルとは関係ない話だが、序盤に今の私の課題について述べる。

「言い訳をしない」これが今、自分にとっての課題だ。

大きな挑戦をするときに、うまくいかったときの回復力はまだまだ弱い。 弱い自分を見せたくないため、自分を正当化したり、強がったりする。 これを取っ払わない限り、私の成長はないだろう。 だけどここで開き直るのではなく、経験を重ねてその現実を受け止め、改善点を探すしかないのだ。 こうやって文章にすることで、自分の醜い部分も洗い出せるし、人に見てもらうことで指摘をもらえたりする。これからも弱い部分を見せるようにしよう。

 

 

本質と表面が違った性格

さて、ここからがタイトルの話だ。

知っている人は知っているが、私は表面と本質というものは、真逆である。

これはよく私が書いている記事で扱っている、生まれながらの行動パターン・思考パターンだ。

 

本質→1人でいるときに出てくる自分(本音)

表面→大勢の前にいるときの自分

 

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表面は社交性の側面があるが、本質はあまり人と関わりたくはない側面がある。なので、人からは社交的ですねーってよく言われるけど、本当は知らない人とはあまり話したいとも思わないし、話して面白くなかったら途中で飽きて帰りたくなる。

 

 表面はその場を丸く収めたいという側面なため、なるたけ合わせるが、飽きて我慢ならなくなったら、本質的な部分が出てしまい、何か理由をつけて帰る。

 

こいつめんどくさいなと思ったら、嫌われてもいいという思考に走るので、連絡も取らなくなる。

 

 サシで私と飲む方は、必ず二通りのリアクションが出てくる。

本音が出るとかなり冷酷な部分やドライ(リアリティ)な部分が出てくるからだ。

 

二通りとは

ドン引きする人と共感する人だ。

 

離れる人は離れていくし、共感できる人は信頼関係が深まる。

私はそれでいいと思っている。

自分の中で信頼関係が構築できる人とは繋がっていたいし、面白い話もどんどんできる。

共感できない人と無駄な時間を過ごさなくて済む。

 

自分を知らなかったため悩まされていた

 いつも、この本質と表面の違いで悩まされてきた。

本当はあまり行きたくもない誘いに社交性の部分が反応するため、行った後に後悔することが多い。

特に大人数での、異業種交流会やパーティー、飲み会とかは、あまり好きではない。

「ただ単にお友達を作りましょう」という企画に対しては全く魅力を感じない。

自分は心から信頼し合える仲間がほしい身なので、

 

本当の友達なんて、その場限りで出来るわけないだろ?

 

と思うのが本音だ。

 

その本質だったため、周りに流されていく自分に腹ただしかったし、社交的になれないというかなりたくない自分にも悩まされてきた。

 

 

開き直っているのではなくて、そんな自分を認めている

 開き直っているんではなくて、そんな自分を認めている。それは個性心理学を学び、自分の思考パターンを知って認めることができたのだ。

 

個性心理学を知らない前は

 

・何で自分はこんな性格で、人の事を大切に思えないのか?

・なぜみず知らずの人に親切にする必要があるのか?全くの他人だろ?

・人と関わらない人生を歩みたい

 

そんなことを本気で思っていたこともあった。

 

自分を知らなかったから、そんなことを考える自分をひたすら責め続けた。

個性心理学を学んだとしても、本質と表面が違う事には変わりはないが、それは知っているだけでも認めることはできるのだ。

 理屈上、人の性格の30%は変えることができない。生まれながら決まっている種みたいなもので変わるものではないと知っている。

 

しかし、そんな私も悪い癖で自分を必要以上に非難することがあるが、妻も私の事を知っているので

 

「いいとこも悪いとこも全部含めてあなたなんだからいいんじゃない?」

と言ってくれるので安心できる。

 

自分が大切な人や信頼関係が構築している人は、自分を認めてくれてる。

その人たちを大切にすればいいと思う。

 

ブログはいたってまじめ系しか書かない本質

 私はふざけた系の記事は一切書かない。

人がふざけた話(面白かったら)なら見たり聞いたりするが、自分からはあまり話したいと思わない本質だ。言葉の力は思ったよりも影響が大きく、下手な事は言いたくないからだ。書いている記事も時間をかけて、どうやったら薄っぺらい内容ではなく濃い記事になるだろうかと、時間をかけて書く。

 この時は自分でも驚くほど集中力が増す。たまにというかほとんどだが、

妻からの話も聞いてなく、注意されることも多い笑

それだけ真剣というか、自分の想い、ビジョンがどれくらい読み手に響くか、気になってしまうのだ。

 

 たまに面白い話というか、ふざけた話をできる人を見たら、自分にはないことだからすごいなと思う。確かにその場でみんなでわきあいあいと楽しませて、場を和ませることは大事だけど、そんな話は1回か2回くらいでいい。自分がすぐに飽きてしまうことを知っているからだ。その雰囲気を悪くさせないために、一刻も早くその場を立ち去りたいと思ってしまうのだ。

 

本質通りに素直に生きよう

 いろいろとうまくいっている人をみると、あれもやってみようこれもやってみようと挑戦欲が湧いてしまうけど、結局は全部が中途半端になってしまって続かない。そうなったら自分にとって一番何が良いやり方なのか、途方に暮れてしまう。

 

 私は単調にコツコツと作業をするのが好きなので、こうやってブログも書くことも好きな時間だったりする。真剣に考えすぎて2時間くらいかける場合もあるし、こだわるところはめちゃくちゃこだわったりする。

 だめなところは、最初はこの計画を立てるという予定だったのに、気づいたら他の作業をやったり、ブログを書いていたりするのである。

 

 ブログって本当にいいなって思うのは、自分のストレス発散にもなるのだ。自分が普段言えない深いところまで表現できるので、自分の代わりに想いを言ってくれる鏡だと思ってしまうのだ!変な例えだが、自分はそう思っている。伝わった人だけでいいです。

 

 これからも自分を出していくために、このブログという素晴らしいツールを活用していこうと思う。